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Santa Ceciliaについて・・・そして思い出

三度にわたり、音楽の守護聖人サンタ・チェチリアのさまざまな絵を載せてみました。
圧倒的にオルガンを弾くチェチリアが多いのですが、それはなぜでしょう?

サンタ・チェチリアは2~3世紀の10代の少女で、「おとめ殉教者」と言われているようです。
ローマ貴族の家の出で、父は元老院議員だったそうです。

キリスト教徒を迫害する立場にあったローマの兵士ヴァレリアヌスと結婚。
彼女は純潔の誓願を立てていたので、結婚に際し、夫に性的交渉を放棄するよう説得します。

夫は、妻の身を絶えず護っているという天使の姿を見せてもらうことを条件に、この妻の申し出を受けます。
すると、天使が二人の上に舞い降り、薔薇と百合の冠を頭上に置いた、とか。

その後、迫害にあい、処刑されるのですが、蒸し風呂で窒息死させられそうになっても死ななかったとか、剣を3度振り下ろしても首に傷が付いただけで3日間生き延びて、財産を貧しいものに分け与えていた、とか言われています。

サンタ・チェチリアは4~5世紀ごろ、結婚のミサ式文で「婚姻の鏡」として讃えられているそうです。

Cantantibus organis illa (Caecilia)in corde suo soli Domino decantabat.
〈楽人達が奏でている間、彼女(チェチリア・・・またはカエキリア)は心の中で主を讃美していた。(魂と体を汚さずに済むように)〉

・・・という式文が「彼女がオルガンを弾きながら心の中で主を讃美していた。」という間違った解釈をされたために、「音楽の達人」「音楽の守護聖人」として讃えられるようになったそうです。

サンタ・チェチリア(=聖セシリア)の記念日は11月22日だそうです。

          ~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

クリスチャンであっても、こういった「純潔」の考え方はいまひとつピンときません。

しかし、こういう美しい存在の人物が芸術家の創作意欲をかきたてたのですね。

以前にも私のニックネームの由来の記事を書いたことがありましたが、これをニックネームにしたのはそれほど深い意味はなかったのですが、「音楽」にかかわる名前だったから。

そして昔、ある男性のお友達から「サンタ・チェチリアのご加護がありますように。」と絵をいただいた、という思い出があったから。(もちろん彼もカトリックではない。)
今その男性のお友達とは結婚を機に(彼も外国に行っていたため。)交流が途絶えました。
一度、出産後にあるつてを頼って彼が電話をくれたことがあります。(手紙もいただきましたが。)
そのあと、次女を出産し、転勤で引越し。
今ではどうしているのかわかりません。

彼とは大学ニ年のときに大学セミナーハウスというところで開かれた「文学と風土」というセミナーで知り合いました。
その二ヶ月前には同じところで「ナショナリズムと国際性」というセミナーがあり、それにも参加していた私(当時関心があった内村鑑三や新渡戸稲造に関係する内容だった為。〉は、その内容の濃さに感激し、その文学のセミナーにも参加したのでした。
「文学と風土」というセミナーには私の出身大学の教授(ダンディで音楽通でワイン通で私はファンでした!)がいらっしゃっていたし、大江健三郎さんの講演がある、というのも魅力でした。

そのセミナーで知り合った彼はその当時でもう30歳くらい。かたや私は19歳でした。
夜の自由時間、内村鑑三や新渡戸稲造の話で盛り上がりました。
今でも忘れられないのは、「僕はもののあはれを解さない人はかたわだと思います。(内村を批判している。)」という言葉。
次の日の朝食の時、私は彼から短歌を贈られました。
解釈によっては相聞歌とも取れそうな内容でしたが、語り合ったことに対するものだったかな、とは思います。
友達に彼の話をしたら、「歌詠み」と言っていたので、それ以来私も思い出話をする時はそう呼んでいます。
歌詠みと、そのセミナーの直後、八王子の山奥から上野の石橋メモリアルホールまでコンサートに行きました。(今思えばすごい!)
その後も結婚まではちょこちょこと一緒にコンサートや映画(「カルメン」「マーラー」など音楽系。)に行きました。
文学や芸術に関する話ができた貴重なお友達でした。

Ceciliaの記事が続いたついでに「歌詠み」の思い出について触れてみました。

「歌詠み」さん、万が一このブログをご覧になっていたら連絡くださいね!



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コメント 2

トスカ

その時代の純潔や貞操の考え方については、そのように非常に厳しいものがあったのでしょうね。一方で民間ではそれなりに乱れており、というか現在のような状況ではなく、よりおおらかな乱れ方が両極性としてあったようです。これらの両方について、チョーサーのカンタベリー物語の中の物語で語られています。そのうちのひとつに、結婚はするけど性交渉は純粋に子供を作るためだけに、きわめて厳正な気持ちで行うことを条件にしたという王女の話があります。もとは案外同じネタだったのかもしれません。
by トスカ (2005-12-23 21:30) 

Cecilia

トスカさん、コメントありがとうございます!
さすが文学の造詣の深いトスカさんです。
私は「カンタベリー物語」は読んでいませんので、これから読みたいと思います。〈課題図書が増えました!)
時代背景を考えなければなりませんね。
by Cecilia (2005-12-23 22:25) 

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