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ヒゲのオタマジャクシ世界を泳ぐ・・・岡村喬生 [読書]

ヒゲのオタマジャクシ世界を泳ぐ

ヒゲのオタマジャクシ世界を泳ぐ

  • 作者: 岡村 喬生
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2000
  • メディア: 単行本
私が持っているこの本には「芸術は娯楽なり」と著者のサインが入っています。
イタリアのサンタ・チェチリア(!)音楽院に留学することになったことから始まり(1:二十八歳のプレリュード)、ヨーロッパでの活動を終えて日本へ帰るところで終わっています。(16:オタマジャクシ、日本へカエル)
著者は早稲田大学のグリークラブ出身。
しかし、それまでの音楽体験は子供の時に母親に買ってもらったハーモニカだけです。(これも上達するための苦労話が面白く書かれてあります。)
グリークラブに入った時には声種を聞かれて「たしかオフクロがそうだったから、自分もソプラノかもしれません。」と言って笑い者になった著者が歌の魅力にとりつかれ、合唱だけでは飽き足らず、声楽の道に入っていく姿が楽しく書かれています。
さすが一本のペンによって世の不正を糺(ただ)し、「無冠の帝王」たらんと意気込みも昂(たか)く政経の新聞学科に入っただけあって、読者を引き込む力のある文章です。
バンカラだった著者は、一生コーラスボーイでよいのかという親の反対に迷いながらも歌の道を選びます。
イタリア政府給費留学生の審査の件もすごい!「権威ある推薦状」が必要だったのでNHKの音楽課長に強引に書いてもらった推薦状には
「岡村喬生君はNHK招聘の第二次イタリア歌劇団公演に於て、唯一の日本人ソリストとして、マリオ・デル・モナコ、テイト・ゴッビ等と共にエレーデ指揮の下、モンターノ役を歌った」
これで書類審査に通り、面接試験では「ほう、デル・モナコと一緒に歌ったのかい」と目を丸くされ、音楽専門審査員が欠席のため苦手な専門知識も問われることなく、実技試験もなく、ラッキーとしか言いようのない状況で各分野から選ばれた給費留学生10人の一人になった著者!
こういう文章を読んでいると、自分もわくわくしてきますね。
古きよき時代だったのかもしれませんが、「夢があれば道が拓ける。」という感じで。
国際コンクールのところもすごいです。
給費留学の期間は一年間。しかも著者には日本に妻子がいました。(奥様は芸大声楽科出身。)
ベルカント唱法を会得するためにもっと勉強したい、と思った彼は国際コンクールを受けることにしました。
ヴィオッティ国際音楽コンクールでは金賞(実質五位)になるものの、賞金を得ることは出来ず、ぎりぎりの費用でトゥールーズ国際声楽コンクールを受けることになります。
著者は小銭しか持っていなくて、しかもフランス語が話せない・・・そのような状況で「マンジャーレ・シィル・ブ・プレ!」(注:マンジャーレはイタリア語で「食べる」、シィル・ブ・プレはフランス語で「プリーズ」)と言って鉛筆くらいのソーセージを食べさせてもらった著者!
宿屋も1泊6フラン(当時約400円)のお粗末なところ。
このような惨めな状況で、彼はコンクールで一位になります!
その後はとんとん拍子で仕事も舞い込んだりするのですが、ローマでは事故にあい足を切断しなければならなくなるほどの状況になったり、更に波乱万丈です。
この本は「冒険話」という感じで読めますね。
本当にはらはらドキドキします。
何度読み返しても、この感覚は褪せません。
このようなことが出来た時代だった、と言ってしまえばそれまでですが、今音楽をするためにここまで冒険できる人は少なく、考えさせられますね。
後書き(カーテンコール)から・・・
・・・歌の魅力にとりつかれてしまってからの私は全く違いました。それがものになるかどうかなど考えず、ただ好きなことをやる喜びでいっぱい、ひたすら歌を追い求めました。同時に、どうせドシロートなんだから、ダメでもともと、と滅茶苦茶に何にでも挑戦しました。・・・・・・・・ダメなわたしも、子供の頃からオヤジに連呼され、開成で鍛えられたケッパレの精神で、オタマジャクシのようにひよわながら、何とか世界・・・主にヨーロッパでしたが・・・の中を二十年間泳いでくることができました。・・・・・・・・私ガ最も感激し感動するのは、自分自身が、あっ上手く歌っているな、と発見する瞬間です。そんな時は、本当にごく稀、何年に一回という割合でしかやってきません。でもその時は、誰が聴いているかいないかは問題ではありません。聴衆がいて、もしも全員がそれをつまらないと感じたとしても、私は自分の感動の方を大切にします。自分の歌が自分の感覚を喜ばせることができたことを、いとおしみます。・・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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コメント 7

Cecilia

Horchさん、niceありがとうございます!
是非読んで欲しい一冊です。
by Cecilia (2006-06-27 01:18) 

Kazoo

私のところのコメントで紹介してくださったこの本、ぜひ読んでみたいと思います。
こんなエピソードがあるなんて、これまで知りませんでした。
こういう体験をしているからこそ、今でも「みんなのオペラ」などで、後進の育成に力を注いでいらっしゃるんでしょうね。

☆コメントを書いてくださった記事に、トラバを張らせていただきました。
by Kazoo (2006-06-27 11:06) 

Cecilia

Kazooさん、nice&コメントありがとうございます!
是非読んでください。
声楽をやる人には必読の書だと思います。
ホームページもあり、ブログも書いていらっしゃるようですが、もう結構お年なのに、進んでいるな~と感じます。
「みんなのオペラ」は非常に興味深く、新聞やネットでしか知ることができませんが、観に行きたいなあ、と思っています。(赤字を補填するために自腹を切っているらしいですね。)
TBありがとうございます。
by Cecilia (2006-06-27 13:12) 

euridice

この本、おもしろいですね。オペラに興味を持ち始めたころ読みました。
by euridice (2006-07-23 17:42) 

Cecilia

euridiceさん、nice&コメントありがとうございました!
本当におもしろいですよね!
個人的に筆者の岡村さんとお話したことが何度かありますが、非常に面白い方だと思います。
岡村さんがモンターノをやっている「オテロ」が観たいです。(マリオ・デル・モナコも出ているし・・・。レコードでは聴いたことがあるのですが・・・。)
by Cecilia (2006-07-24 00:41) 

keyaki

こんばんは〜
『ヒゲのオタマジャクシ世界を泳ぐ』《ドン・カルロ》フィリッポII の記事に、 Cecilia さんの記事をリンクさせていただきました。
TBもさせてください。
ライモンディと同じ時期にサンタ・チェチリア音楽院に在籍されていたことがわかって、再度読みましたが、ほんと、おもしろいです。卒業試験の話なんか、どうなるのかとはらはらしますね。
by keyaki (2006-12-24 00:11) 

Cecilia

keyakiさん、コメント&TB&リンクありがとうございます!
この本を読むと、自分でも不可能なことが可能になりそうな気がしてくるから不思議です。
私も音楽専門学校で学べたのは今思うと奇跡的なことだったのですが、岡村さんのような才能はないので今ではしがない主婦です。
こういう話は今の子供たちに読ませたいですね。
それにしても岡村さん、看病してくれた尼僧に恋していますよね。
以前その病院を訪ねる番組がお正月に放送され、見ました。
by Cecilia (2006-12-24 01:13) 

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